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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)6671号 判決

原告(甲事件被告)

村井貞義

ほか一名

被告

被告(甲事件原告)

和田修二

ほか一名

主文

1  甲事件原告(乙事件被告)和田修二及び同紀州運輸有限会社の甲事件被告(乙事件原告)らに対する別紙目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務がそれぞれ二〇五万九一九三円を超えて存在しないことを確認する。

2  乙事件被告(甲事件原告)和田修二、同紀州運輸有限会社及び乙事件被告国は、各自、乙事件原告(甲事件被告)らに対し、それぞれ二〇五万九一九三円を支払え。

3  甲事件原告(乙事件被告)らのその余の請求及び乙事件原告(甲事件被告)らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用はこれを十分し、その九を乙事件原告(甲事件被告)らの負担とし、その余を乙事件被告らの負担とする。

5  この判決は、第2項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 甲事件原告和田修二及び同紀州運輸有限会社(乙事件各被告。以下、甲乙両事件を通じ「被告和田」「被告会社」という。)の別紙目録記載の交通事故(以下、「本件事故」という。)に基づく甲事件被告村井貞義及び同村井亜智子(乙事件各原告。以下、甲乙両事件を通じ「原告貞義」「原告亜智子」という。)に対する各二四一六万三五一〇円の損害賠償債務が存在しないことを確認する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告和田及び被告会社の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は右被告らの負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 被告和田、被告会社及び乙事件被告国(以下、「被告国」という。)は各自、原告らに対し、それぞれ二四一六万三五一〇円とこれに対する昭和五八年八月七日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告和田及び被告会社)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告国)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

(甲事件関係)

一  請求原因

原告らはいずれも、本件事故につき、その加害者である被告和田及び被告会社において、各自原告らに対し、それぞれ二四一六万三五一〇円の損害賠償債務を負つている旨主張し、その履行を求めている。

しかし、同被告らは原告らに対し、何ら右損害賠償債務を負担してはいないので、原告らとの間で右債務の存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

原告らが同被告らに対し、そのような権利主張をして履行を求めていることは認める。

三  抗弁及びこれに対する認否

後記乙事件関係の請求原因1ないし3及び5ないし7並びにこれに対する認否1のとおりである。

四  再抗弁及びこれに対する認否

後記乙事件関係の抗弁及びこれに対する認否のとおりである。

(乙事件関係)

一  請求原因

1 本件事故発生の状況

昭和五八年八月六日本件事故が発生したところ、その事故の発生状況は次のとおりである。すなわち、被告和田運転の加害車両と訴外亡村井功(以下、「亡功」という。)運転の自動二輪車は、事故現場付近の国道四二号線(以下、「本件道路」という。)の西行車線(和歌山方面行車線。以下、「本件車線」という。)上を並進していた(加害車両が右、亡功車が左)が、被告和田が急に加害車両のハンドルを左に切り、進路を左側に変えて(いわゆる「幅寄せ」)進行しようとしたことから、亡功は、加害車両との接触を避けるため自車の進路を左側に変更して西行車道外側線左側の路肩を走行せざるをえなくなつた。ところが、現場付近の本件車線左側の路肩は、亡功進行方向の前方(西側)の地点において、それまでの舗装部分が途切れ、一〇センチメートル以上の段差をつけて未舗装部分と接続していたばかりでなく、その未舗装部分には大小の石ころが散乱し、かつ全般に凹凸の激しい路面となつていたため、亡功車両はこの未舗装部分に落ち込んでバランスを失い、その結果、加害車両の走行していた車道の方に転倒し、亡功において加害車両に轢過されるにいたつたものである。

2 被告和田の責任

被告和田は、本件事故現場にさしかかつた際、加害車両左側方に亡功運転の自動二輪車が並進しているのを認めるとともに、進路前方左側の路肩が右のような状況にあることを認識していたのであるから、このような場面に臨んだ右側並進車の運転者として亡功車両の動静を注視するとともに、進路をみだりに変更することなく、かつ、自車と前記未舗装部分との間隔を十分とつて進行することにより左側を並進する自動二輪車が同部分に落ち込んで転倒したりすることのないよう配慮し、もつて本件のような事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負つていたのにこれを怠り、前記のとおり、事故現場の直前で急にハンドルを左に切つて自車の進路を左側に変更した過失により前記のとおり本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条により後記損害を賠償する責任がある。

3 被告会社の責任

被告会社は、本件事故当時当害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により後記損害を賠償する責任を負う。

4 被告国の責任

被告国は本件道路の管理者であるが、本件道路の設置管理には以下のような瑕疵があり、かつ、本件事故にはその瑕疵によつて生じたものであるから、同被告もまた国家賠償法(以下、「国賠法」という。)二条一項により、これによつて生じた損害を賠償すべき責任を負うものである。

(一) 本件道路の状況

(1) 亡功と加害車両が衝突した地点(別紙図面〈A〉地点。以下、単に「〈A〉地点」ともいう。)には、本件車線の車道外側線に接続して幅員約八〇センチメートルの舗装された路肩があり、ほぼ同幅員の舗装された路肩が〈A〉地点の東側約二四・七メートルの〈B〉地点まで続いているが、〈A〉〈B〉間の舗装された路肩の外側(南側)に接続する部分は未舗装の状態であつた。ところが、〈B〉地点から東側(田辺市方面)に続く路肩は、約二・五メートルの幅員で舗装されており、田辺市方面から和歌山市方面に向つて右路肩上を西進してくると、〈B〉地点を境に舗装された路肩部分の幅員が突然三分の一以下に減少する形となつている。

(2) しかも、右未舗装部分(別紙図面中の赤斜線部分。以下、単に「未舗装部分」という。)は、舗装された路肩部分より低くなつているため、両部分の境目には段差がついており、その段差は、場所によつては一〇センチメートルをこえていた。さらに、右未舗装部分には前記のとおり大小の石(大きな石の直径は一〇数センチメートルもあつた。)が散乱するなどして全般に凹凸が多く、荒れ放題の状態であつた。

(3) 本件道路は、事故現場の手前(東側)で大きく左にカーブしているが、田辺市方面から和歌山市方面に向つて走行してくると、〈B〉地点の手前(東側)数十メートルの地点までは勾配の急な上り坂であり、そこから西側和歌山市方面に向つて下り坂となつているため、下りでスピードが出始めたところで本件事故現場付近に達することになる。しかも、事故現場付近の夜間の照明は、〈B〉地点の北側の東行車線外側に一基設置されている街灯のみに頼つているため夜間は暗く、本件道路に不慣れな者にとつては、それが右(1)及び(2)のような状況にあることを認識することはきわめて困難であつた。

(二) 本件道路の瑕疵

交通頻繁な主要幹線道路である本件道路の路肩部分を田辺市方面から和歌山市方面に向つて自動二輪車が走行することがありうることは一般的に容易に予想されるところであるが、本件事故現場の状況が右のとおりであるとすれば、本件道路は、そのような車両の運転者が右現場にさしかかつた際、〈B〉地点の未舗装部分と舗装された路肩部分との境に段差があることに気付かないで未舗装部分に落ち込み、路面の凹凸がひどいことともあいまつて自車のバランスを崩して転倒し死傷事故の発生をみるにいたることがありうることを予想することも十分可能であるような状態であつた。そうすると、事故現場付近の本件道路は、一般交通の用に供される道路として通常有すべき安全性に欠けていたものであり、しかも、前記のとおり、本件事故が右のような本件道路管理の瑕疵に起因して生じたことも明らかである。

5 損害

(一) 亡功の損害

(1) 逸失利益 四五〇六万八〇〇〇円

亡功は、本件事故当時満一六歳の健康な男子であつたから、本件事故に遭わなければ、一八歳から六七歳までの就労可能な四九年間にわたつて、毎年少なくとも昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・全年齢平均年間給与に相当する収入を得ることができたはずである。したがつて同人が失うことになる収入総額より、同人の生活費(五割)を控除したうえ、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すれば、四五〇六万八〇〇〇円となる。

3,795,200×(1-0.5)×23.75=45,068,000(円)

(2) 物損 四八万円

本件事故により、亡功が搭乗していた同人所有の自動二輪車は破損し、廃車のやむなきに至つたが、右当時における同二輪車の時価は四八万円である。

(二) 原告ら固有の損害

(1) 慰藉料 各七五〇万円

原告貞義は亡功の父、同亜智子は亡功の母であるところ、原告らは、いずれも本件事故で将来に希望をかけていた亡功を失つたことにより深甚な精神的苦痛を受けたものであり、これを慰籍するに足りる慰藉料の額としては、各七五〇万円が相当である。

(2) 葬祭費等 各一八八万九五一〇円

原告らは、亡功の葬儀を執り行い、このため七六万三七四五円の費用を支出するとともに、同人のために墓石及び仏壇を購入し、その代金として二二一万四六〇〇円を支払つたが、そのほかにも、葬儀等に関連して八〇万〇六七五円の雑費を支出した。

(3) 弁護士費用 各二〇〇万円

原告らは、本訴の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として各二〇〇万円を支払うことを約した。

6 権利の承継

原告らは、前記のとおり亡功の父母であり、亡功の死亡に伴い同人の被告らに対する前記5(一)の損害賠償債権を各二分の一の割合で相続により取得した。

7 損害の填補

原告らは、いずれも、本件事故による損害の賠償として、自動車損害賠償責任保険の保険金各一〇〇〇万円の支払を受けた。

よつて、原告らは、いずれも、民法七〇九条に基づき被告和田に対し、自賠法三条に基づき被告会社に対し、国賠法二条一項に基づき被告国に対し、前記5(一)の各二分の一に同5(二)を加えた各三四一六万三五一〇円から同7の既払金各一〇〇〇万円を控除した各二四一六万三五一〇円の損害賠償金とこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五八年八月七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1 被告和田及び被告会社

(一) 請求原因1の事実については、本件事故が発生したこと及び事故発生状況のうち亡功運転の自動二輪車が道路左側の未舗装部分に落ち込み、バランスを失して加害車両の方へ倒れ込んできたことは認めるが、その余の点は否認する。被告和田が事故発生直前に加害車両のハンドルを左に切つてその進路を左寄りに変えた事実はなく、したがつて、亡功が加害車両との接触を避けるために未舗装部分に進入することを余儀なくされたようなこともない。本件事故は、亡功が加害車両の走行とは関係なく、自ら路肩から未舗装部分へ進入してバランスを崩し、偶々その場に通り合わせた加害車両の方向に倒れ込んできたために発生したものにすぎない。

(二) 同2の事実は否認する。本件事故の発生状況が右のとおりである以上、事故発生につき被告和田に過失はない。

(三) 同3のうち、被告会社が本件事故当時加害車両を所有していたことは認める。

(四) 同5の事実は、(一)(1)の亡功の収入に対する生活費の割合が五割であることを認めるほか、全部否認する。

(五) 同6の原告らと亡功との間の身分関係は認める。

(六) 同7の事実は認める。

2 被告国

(一) 請求原因1の事実中、本件事故が発生したこと及び事故発生状況のうち亡功運転の自動二輪車が本件道路南側の未舗装部分に落ち込み、加害車両の方へ倒れ込んで轢過されたことは認めるが、その余は知らない。

(二) 同4のうち被告国が本件道路の管理者であることは認める。4(1)の事実は、〈B〉地点よりも田辺市方面(東側)寄りの舗装された路肩部分の幅員が約二・五メートルであるとの点を除き認める(同部分の幅員は約二・三メートルである。)。(2)の事実のうち未舗装部分が舗装された路肩より低くなつており、その境目に段差がついていたこと、未舗装部分に凹凸があり、石ころがころがつていたことは認めるが、その余は否認する。右の段差は最大約九センチメートル程度であり、凹凸も比較的緩やかであつた。(3)の事実のうち、事故現場付近の本件道路がその手前で左にカーブしていること及びその主張のような坂道であることは認めるが、その余は否認する。現場付近には、〈B〉地点の北東約一四・五メートルの位置に高さ一〇メートル、光源の光束二万一〇〇〇ルートンの水銀灯一基が設置され、また、〈B〉地点の南東約二三メートルの位置に照明装置付広告塔二基があり、本件事故当時いずれも作動していたので現場付近が暗くて段差や未舗装部分が見えなかつたということはありえない。

(三) 同4(二)の事実は否認する。国賠法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が「通常」有すべき安全性を欠いていることであるから、営造物の設置・管理者は、利用者が通常予想される方法で営造物を利用することを前提として、その場合の安全が確保される措置を採つておりさえすれば、その管理責任を果たしたものというべきである。したがつて、道路の場合についても、これを利用するものの常識的秩序ある利用方法を前提とした相対的安全性を確保しておけば足りるのであつて、このような観点からすれば、事故現場付近の状況が前記のとおりであつたからといつて、これが通常有すべき安全性を欠いていたものということができないことは明らかである。

すなわち、道路交通法上、自動二輪車は路側帯の通行を禁止されており、車道上を走行するのが正規の走行方法であること、本件現場付近の照明設備の状況は前記のとおりであつて、制限速度以下(本件現場付近の制限速度は毎時五〇キロメートルである。)で進行していれば、未舗装部分の南東端、すなわち舗装された路肩(路側帯)の幅員が減少している〈B〉地点から制動範囲外の後方において、路側帯幅員の減少及び未舗装部分の状況等を十分に認識し得る状況にあつたこと、自動二輪車の前照灯は、夜間前方四〇メートルの距離にある交通上の障害物を確認できる性能を有することなどからすると自動二輪車は車道上を走行するのがその常識的秩序であつて、路肩(路側帯)上の走行は常識的秩序ある利用とはいえず、また仮りに一時路側帯を通行せざるを得ない状況が生じたとしても、直ちに減速してその状況の解消を待つた上、速やかに自車を車道内に戻すのが通常の常識的秩序ある通行方法であり、さらに、速やかに自車を車道内に戻すことができないときでも前記段差を越えて未舗装部分に落ち込む前に停止ないし徐行するなどして転倒を未然に回避するのが通常の常識的秩序ある通行方法というべきところ、このような通常の常識的秩序ある通行方法を採りさえすれば、たとえ路側帯の幅員が急減しており、路側帯の舗装部分と未舗装部分との境目に段差があり、未舗装部分に凹凸があつたとしても本件のごとき事故は未然に回避し得たものということができるのであるから、右のような通行方法を前提とする限り、本件程度の路側帯幅員の減少、路側帯の舗装部分と未舗装部分との境目段差及び未舗装部分の凹凸の存在は、事故発生の危険を生ぜしめるものではなく、したがつて、これをもつて営造物たる道路が通常備えるべき安全性を欠き、道路の設置・管理に瑕疵があつたものということはできない。

(四) 同5、6の事実は、いずれも知らない。

三  抗弁

1 被告会社(免責)

本件事故の発生状況は、請求原因に対する認否1(一)記載のとおりであるから、本件事故は、もつぱら亡功の過失または本件道路の瑕疵に起因するものであつて、被告和田には何らの過失もない。

2 過失相殺(被告和田及び被告会社)

仮りに本件事故発生につき被告和田に過失があるとしても、亡功は、通行を禁止された路側帯を走行し、減速もしないまま漫然と本件未舗装部分に進入したものであつて、本件事故の発生については、被害者たる亡功にも大きな落度があるから、損害額の算定に際しては、右過失を斟酌しその六割以上を減額すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2の事実は、いずれも否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一乙事件原告らの請求について

一  本件事故の発生状況等

請求原因1の事実のうち、本件事故が発生したこと及び亡功運転の自動二輪車が本件道路左側(南側)の未舗装部分に落ち込み、バランスを失して加害車両の方へ倒れ込んで轢過されたことは当事者間に争いのないところ、成立に争いのない乙第一号証の一ないし二二、検甲第一、第二号証の各一ないし一七、成立に争いのない丙第一号証、検丙一号証の一ないし一三、証人里康文、同千野浩、同新道義之及び被告和田本人尋問の結果によれば、現場付近の本件道路の状況及び本件事故発生の状況として、次のとおりの事実が認められる。

1  本件事故現場付近の本件道路は、非市街地に施設された南東(田辺市方面)から北西(和歌山市方面)に通じる歩車道の区別のない片側一車線の交通頻繁な幹線国道であり、事故発生地点の手前(田辺市方面)で緩く左にカーブしているため(本件道路がそのようにカーブしていることは当事者間に争いがない。)事故発生地点付近では、ほぼ東西方向に車両が通行する状態となつている。その西行車線(本件車線)及び東行車線の各車道外側線によつて区分された車両通行帯の幅員はいずれも三・四メートル、中央線を示す縞状の白線及び反対車線へのはみ出し走行の禁止を表す橙線の道路標示のある中央線の幅員は〇・七メートルであり、別紙図面〈B〉地点の東側(田辺市方面)には、本件が空地へと接続する状況となつていた。

4  本件事故の発生する直前、亡功は、本件車線の車道外側線よりも約一メートル外側の路肩〈C〉部分上を時速約五〇キロメートルで東から西に向つて走行していたが、折柄本件車線上を時速三〇ないし四〇キロメートルの速度で同一方向に走行していた加害車両に〈B〉地点の手前付近で追い付くとともに、同車両が後記のような経緯で進路をやや左側に変更しようとしていた状況もあつたことから、加害車両の後部付近と並進するような形でそのまま直進し、〈B〉地点において路肩〈C〉部分と未舗装部分との境目の段差を越えて前記マウンド状の部分に乗り入れたうえ自車を右側にバウンドさせ、さらに、路肩〈D〉部分と未舗装部分との境目の段差のついた部分に車輪をこすりつけながら自動二輪車を車道側に傾斜させて操縦の自由を失い、なおも右段差のついた境目部分及び路肩〈D〉部分に自動二輪車や自己の身体を擦過させつつ〈A〉地点の方向に約二〇メートル進行した後、自動二輪車もろとも〈A〉地点付近の車道上に乗り上げて転倒した。亡功が加害車両の後輪ダブルタイヤの間に頭部ヘルメツトをはさまれるようにして轢過されたのは、右のようにして転倒するのとほぼ同時であつた。

5  被告和田は、前記のとおり、本件車線の中央部付近を亡功車両に先行して東から西に向つて時速約三〇ないし四〇キロメートルの速度で走行していたところ、〈B〉地点の手前(東側)約三七メートルの地点で左側サイドミラーによつて後続車両(これには亡功運転の車両も含まれていた)のヘツドライトの光を認めたが、その光の状況からみて、後続車両が自車よりも速い速度で接近してくるものと思われたことから、左前方の未舗装部分(被告和田は、本件事故から、事故現場付近の本件道路を何度か通行した経験があつたため、未舗装部分及びこれに続く空地の存在を知つていた。)に続く空地に自車を乗り入れることによつて進路を譲り、自車の右側を追い越させようと考え〈B〉地点の手前(東側)約一〇メートルの地点付近でハンドルをやや左に切り、進路を左に変更しようとしたところ、右空地には既に他の車両が駐車していたため、同所に自車を乗り入れることを断念し、結局、自車の進路を約六〇センチメートルだけ左側へ寄せただけで再び右に進路を変え、そのまま本件車線上を西に向つて走行し続けることとなつた。加害車両がその左側後輪で亡功を轢過したのは、加害車両が再びその進路を右に変えて西向に直進しはじめた直後のことであつた。なお、被告和田は、右のとおり加害車両左側サイドミラーで後続車両のヘツドライトの光を認めた際、これを四輪自動車のみによるものと見誤り、自動二輪車が後続していることには気が付かなかつた。

以上の事実が認められ、証人里康文の証言中右認定に反する部分は他の証拠関係に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被告和田の責任

前項5において認定した事実関係からすれば、被告和田としては、〈B〉地点の手前約三七メートルの地点で左側サイドミラーで後続車両のヘツドライトの光を認めた際、後続車両の中に自動二輪車があり、しかも道路の左側路肩付近を走行しつつ加害車両に接近してきているため、まもなく加害車両の左側を並進する状態となるべきことを認識することができたはずであり、また、進路左前方に未舗装部分及びこれに続く空地が前項2及び3に認定のような状態で存在していることも認識していたのであるから、そのような状況におかれた先行車両の運転者としては、左側後方から接近して来る自動二輪車の動静に引き続き注目し、同車両の進路を妨害しないことは勿論、状況に応じて自車の進路を右寄りにとるなどして、未舗装部分への進入を回避すべく進路を右側に変えたり、また同部分へ落ち込んで転倒したりするかもしれない後続自動二輪車との接触事故を未然に防止すべき注意義務があつたといわなければならない。しかるに、被告和田が、後続車両が四輪自動車のみであると誤認し、かつ、これを自車の右側方から追い越させようとして〈B〉地点の手前一〇メートルの地点付近でハンドルを左に切り、進路を左寄りに変更したことは前認定のとおりであるから、被告和田には右注意義務に違反した過失があるものといわなければならず、また、亡功が、加害車両において右のようにして進路を左側に変更しようとしていた状況もあつたことから、加害車両の後部付近と並進するような形でそのまま直進し、〈B〉地点において路肩〈C〉部分と未舗装部分との境目の段差を超えて未舗装部分に進入していつたため、本件事故の発生をみるにいたつたことも前認定のとおりであるから、本件事故は被告和田の過失によつて生じたものであり、したがつて、同被告は、民法七〇九条により後記認定の損害を賠償する責任があるというべきである。

三  被告会社の責任

被告会社が本件事故当時加害車両を所有していたことは当事者間に争いのないところ、本件事故発生につき加害車両の運転者であつた被告和田に過失があることは前説示のとおりであるから、抗弁1(被告和田の無過失による被告会社の免責)が認められないことは明らかであり、したがつて、被告会社もまた自賠法三条により後記認定の損害を賠償する責任を負うというべきである。

四  被告国の責任

1  被告国が本件道路の管理者であることは当事者間に争いがなく、本件事故現場付近の道路の状況が一の1ないし8のごときものであつたことは、前記認定のとおりであるところ、本件道路のような交通頻繁な幹線道路においては、自動二輪車等の車幅の狭い車両が、本件車線上の車両の交通状況により路肩〈C〉部分を走行することがありうることは容易に予測しうるところであり、また、右のような道路状況からすれば自動二輪車のような比較的走行安定性の乏しい車両が路肩〈C〉部分を走行してきたときには、その運転者において、〈B〉地点で路肩の幅員が減少しており、路肩〈C〉部分と未舗装部分との境目に段差がついていることに気付かないまま、右境目を越えて未舗装部分に落ち込むことがあり、その場合には自動二輪車が転倒して運転者が本件車線上に投げ出されるような事態に立ち到ることがありうることを予見することも可能であつたというべきである。

もつとも、前記認定の事実関係からすれば、路肩〈C〉部分が道路交通法にいう路側帯に当たることは明らかであり、同法一七条一項によれば、自動二輪車のような車両は原則として車道を通行しなければならず、路側帯は通行してはならないものと定められているけれども、交通法規上路側帯の通行が禁じられているからといつて、そのことから直ちに、すべての車両運転者がその法規を遵守し路側帯を通行するようなことは事実上もありえないということはできないばかりでなく、証人新道義之の証言によれば、路肩〈C〉部分の幅員は、もともと路肩〈D〉部分と同様約〇・八メートルであつたところ、路肩〈C〉部分南側の国道沿いにあるパチンコ店等に出入りする車両の乗入路を設置するため、それら業者が道路管理者の承認を受けたうえ、約一八〇メートルにわたつてその幅員を約二・五メートルに拡張しアスフアルト舗装する工事を施行した結果、路肩〈C〉部分が出来上つたことが認められるのであつて、その形状・位置・幅員・舗装状態等からすれば、道路交通法による規制にかかわらず、実際上、車両、殊に自動二輪車のような車幅の狭い車両が路肩〈C〉部分を頻繁に走行するであろうことは容易に予測されるところというべきである。

2  さらに、証人新道義之の証言により真正に成立したと認められる丙第三号証、証人里康文、同千野浩及び同新道義之の各証言によれば、〈C〉地点の北東約一〇メートルの地点の本件道路上に水銀灯が一基設置されており、〈B〉地点の照度は約六ないし一〇ルツクスであることが認められるけれども、右証拠を総合すれば、右程度の照明設備では、〈B〉地点付近は夜間なお相当に暗く、現場付近を走行する車両の運転者が未舗装部分と路肩〈C〉・〈D〉部分との境目に段差がついている状況や未舗装部分の凹凸の状況を的確に認識することはかなり困難な状態にあつたものと認められる。また、証人新道義之の証言により真正に成立したと認められる丙第五号証によれば、未舗装部分をコンクリート舗装した後、前照灯の照射によつてコンクリート舗装部分が白つぽく見える状態の下で、路肩〈C〉部分を走行する自動二輪車の運転者を被験者として見通し実験をしたところ、夜間でも〈B〉地点の手前(東側)二〇ないし三〇メートルの地点から〈B〉地点の西側の状況を見通すことが可能であるとの実験結果が得られたことが窺われるけれども、見通しの対象である現場の状況が事故当時と異なつている以上、右実験結果をもつて直ちに本件事故当時の見通し状況を推認することはできないのであつて、以上の諸点はいずれも右認定を覆すに足るものということができず、他にこれを覆すに足りる的確な証拠はない。

3  しかして、本件事故現場付近の本件道路の状況が右のとおりである以上、道路管理者としては、予見される危険を回避するため、未舗装部分と路肩との境目部分だけでも舗装して段差を緩やかにするとか、未舗装部分を整地して凹凸を少くするなどの措置を講じるか、または、路肩〈C〉部分を走行することが予見される車両の運転者が、右境目の相当手前から段差や未舗装部分の存在を容易に認識することができるような標識・標示を設置すべきであつたといわなければならず、道路管理者が危険回避のためのそのような措置を講じない限り、右道路は通常有すべき安全性を欠くものというよりほかはないのである。

しかるに、本件事故当時の現場付近の道路につき、右のような措置が講じられていなかつたことは前認定の事実関係から明らかなところであるから、右道路は、一般通行の用に供される道路として通常有すべき安全性を欠いていたものであり、その設置管理に瑕疵があつたというべきである。

そして、前記認定の本件事故の発生状況に照らせば、本件事故が右瑕疵に起因して生じたものであることもまた明らかであるから、被告国は、国賠法二条一項により後記認定の損害を賠償する責任を負うものといわなければならない。

五  損害

1  亡功の損害

(一) 逸失利益

成立に争いのない甲第二号証及び原告貞義本人尋問の結果によれば、亡功は、本件事故当時満一六歳の健康な男子高校生であつたことが認められ、これによれば、亡功は、本件事故に遭わなければ、一八歳から六七歳までの就労可能な四九年間にわたつて、毎年少なくとも昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計一八歳ないし一九歳の平均年間給与額一八四万九六〇〇円に相当する収入を得ることができたものと推認することができる。そこで、亡功が失うことになる収入総額から、同人の生活費(経験則上その割合は収入の五割であると推認される。)を控除し、ホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除した上同人の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すると、二一三八万三四一〇円となる。

1,849,600×(1-0.5)×23.1222=21,383,410(円)

(二) 物損

原告貞義本人尋問及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第三七号証によれば、亡功が本件事故当時搭乗していた自動二輪車は、同人において昭和五八年六月頃代金四八万円で購入したものであることが認められるけれども、成立に争いのない乙第一号証の一、一四、一五によれば、本件事故による右自動二輪車の破損状況は、右側マフラーが凹損し、右側バンパー部分に擦過痕が付いた程度であつて各構造装置にも損傷は生じなかつたことが認められるので、右自動二輪車が本件事故によつて物理的・経済的に修理不能となり廃車するよりほかなくなつたものということはできない。しかも右破損によりその価格がどの程度減少し、または、その修理等にいくら費用を要するかの点については、これを認定するに足りる証拠がないので、結局、原告ら主張の車両損害はこれを認めるに足りる証拠がないことに帰するというよりほかはない。

2  原告ら固有の損害

(一) 慰藉料

前掲甲第二号証及び原告貞義本人尋問の結果によれば、原告貞義が亡功の父、同亜智子が亡功の母であること(この点は被告和田・被告会社と原告らとの間では争いがない。)、原告らはいずれも、本件事故により将来を期待していた亡功を失つたため多大の精神的苦痛を被つたことが認められるところ、本件事故の態様はその他本件において認められる諸般の事情に照らせば、右苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は、各六〇〇万円と認めるのが相当である。

(二) 葬祭費等

原告貞義本人尋問及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第四号証の一ないし甲第三六号証によれば、原告らは亡功の葬儀を執り行い、同人のために墓石及び仏壇を購入するとともに、同人の死亡に伴つて諸般の雑費を支出し、全体としてかなりの額の費用を支出したことが認められるけれども、そのすべてが当然に加害者によつて賠償されるべき損害となるものではなく、本件事故と相当因果関係に立つもののみが賠償されるべき損害に当たるというべきであつて、本件においては、原告らの支出した右費用のうち各二五万円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

(三) 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らが、本訴の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、各二〇万円と認めるのが相当である。

六  権利の承継

原告貞義が亡功の父、同亜智子が亡功の母であることは前記のとおりであるから、原告らはいずれも前記五1(一)記載の亡功の被告らに対する損害賠償債務を各二分の一の割合で相続により取得したものである。

七  過失相殺

本件事故発生の状況及び態様は前記のとおりであるところ、これによれば、亡功は、本件車線車道外側線より外側(南側)の路肩部分、すなわち道路交通法上自動二輪車等の車両の通行が禁止されている路側帯を走行し、夜間見通しの良くない事故現場付近で先行の加害車両を左側から追い抜こうとして未舗装部分に乗り入れ、本件事故に遭つたものであつて、亡功において道路交通法の定めるとおり本件車線上を走行し、または、路肩〈C〉部分を走行するについても進路前方の道路の状況を注視し、〈B〉地点において路肩が急に狭くなりこれが未舗装部分に接続していることに早期に気付いて減速・停止等の回避措置を講じておれば本件のごとき事故の発生には至らなかつたものといわざるをえず、その点において、本件事故の発生については、亡功にも落度があつたものといわなければならないから損害額の算定に際して亡功の右過失を斟酌して前記五1(一)及び同六2(一)、(二)の損害額からその三割を減ずるのが相当である。

八  損害の填補

請求原因7の事実は、原告らと被告和田及び被告会社との間においては争いがなく、被告国においても明らかに争わないところである。

九  乙事件関係の結論

以上によれば、被告和田は民法七〇九条に基づき、被告会社は自賠法三条に基づき、被告国は国賠法二条一項に基づき、各自原告らそれぞれに対し、前記五1(一)の二分の一に同五2(一)及び(二)を加えた各一六九四万一七〇五円から三割を減じた額に前記五2(三)を加え、これより前記八の既払額を控除した残金各二〇五万九一九三円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五八年八月七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。

第二甲事件原告の請求について

以上の説示から明らかなとおり、被告和田及び被告会社は、いずれも、本件事故に関し、原告らに対しそれぞれ二〇五万九一九三円を超えては損害賠償義務を負担しないものであるから、同被告らの甲事件に関する請求は、右金額を超える部分についての債務が存在しないことを求める限度において理由があるというべきである。

第三まとめ

よつて、原告らの乙事件に関する請求は前記の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却し、被告和田及び被告会社の甲事件に関する請求は前記の限度で正当としてこれを認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、なお、仮執行免脱の宣言については相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 山下満 橋詰均)

交通事故目録

発生日時 昭和五八年八月六日午前二時四二分頃

発生場所 和歌山県有田郡吉備町大字小島三三九番地付近

加害車両 大型貨物自動車(登録番号、三11か53―18号。)

右運転者 甲事件原告(乙事件被告)和田修二

事故態様 加害車両が緩く左にカーブしている事故現場道路(国道四二号線)西行(和歌山市方面行)車線を東から西に向つて走行中、加害車両左側を同一方向に並進していた訴外亡村井功運転の自動二輪車がバランスを崩して転倒し、右村井が右側車道上に投げ出されたため、左後輪で同人を轢過した。村井功はその場で即死した。

〈省略〉

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